―スピンオフ― 潔白・純愛『赤坂成人・川井久実編』プロローグいつからだろう、あいつをこんなに愛しはじめたのは……。ただの子どもだったのに、こんなにも好きになってしまった。久実と出会ったのは、俺らがデビューしてまだ間もない、やっとラジオの仕事が決まった時だった。少しずつ知名度を上げてきた頃でファンレターが日々、届くようになり自分は芸能人だと自覚するようになってきたそんなある日、事務所に寄った。そこで一通のファンレターが渡された。コーヒーを飲みながらなんとなく目を通した。 『赤坂さんへはじめまして。川井久実(かわいくみ)です。十二歳です。私は今、病気で入院しています。夜中、眠れない時にラジオを聞いていたらCOLORの赤坂さんが出ていました。頑張れば絶対にいいことがあると言っていた赤坂さんのお話を聞いて勇気をもらいました。どんな人なのかなと思って見たら、すごくカッコよかったです。COLORの音楽も最高です。大ファンになりました。いつも音楽を聞いています。いつか、元気になってコンサートに行きたいです。赤坂さんに会いたい!私の夢は赤坂さんと結婚することです(笑)』丸くて可愛らしい字で綴られていた。小学生の女の子からファンレターをもらったのは、はじめてだった。まだ幼い子どもなのに……頑張ってるんだな。俺らみたいな存在が少しでも勇気づけられていることを知って、胸が熱くなる。自分たちの活動がしっかり届いていたのだ。鼻がツーンなってすすった。俺の母親は病気で亡くなっている。そんな母と重ねていた。全然、親孝行ができなかったなと反省しつつ、封筒を見ると、もう一通手紙が入っていた。『赤坂様久実の母親です。久実は心臓病を患ってしまい現在治療しております。いつも泣いてばかりだった久実が、赤坂さんを知ってから笑顔を見せるようになりました。母親として笑顔を見られるようになったことが心から嬉しいです。本当にありがとうございます。お身体に気をつけて、ますますご活躍されますよう祈っております』封筒の中にはツインテールの女の子の写真が入っていた。大きめな目に長い睫毛の女の子がにっこり笑っている。しかし、顔色が悪い。体が細くて今にも折れてしまいそうだ。写真から、必死で生きていることが伝わってくる。自分が誰かの生きる励みになっているなんて、思わな
俺と久実は、こうして出会った。俺が十八歳。久実が十二歳。もちろんはじめから恋愛感情があったわけじゃない。ただのファンとして、妹のような存在として大事に思っていた。なんせ相手は子どもだったから。俺は少しでも彼女の力になりたくて会いに行くことを決意した。はじめて会いに行ったのをきっかけに、俺は久実と何度も会い、本当の友人になった。俺も久実もそれぞれが恋愛をし、生活をし、生きてきた。久実は入退院を繰り返し、病と戦っていたし、俺はスキャンダルを起こしたりして、その度に久実が励ましてくれた。三十歳になった俺は……もう、久実なしでは生きられない。俺は久実のために働いて、頑張っている。二十四歳になった久実は、今でも俺のことを一人の芸能人として見ているのだろうか。ツインテールだった久実は、今じゃさらさらのボブ。メイクもするしいい香りもする。細かった体の線も女性らしくなった。俺は久実をファンとしてではなく、妹みたいな存在としてではなく、一人の女性として愛している。久実は昨日、移植するためにアメリカへ旅立った。撮影現場に向かうため、車移動をしている俺は空を見ていた。早く――同じ空の下で空気を吸いたい。きっと、もう一度……、久実に会えるよな?
1 ―出会い―久実十二歳・赤坂十八歳赤坂side仕事をしながらふっと思い出すことがある。それは、先日届いた久実ちゃんからのファンレターのことだ。心臓の病を抱えているということは、生きられる時間も短いのだろうか?どんな治療をしているのだろう。薬を飲めば治るのかな。手術をすればよくなるのか?知識がまったくない俺はなんとなく考える。今日はCOLORとしての雑誌の取材だ。デビュー間もない俺らは、与えられた仕事を一生懸命こなしている。そのおかげで少しずつ知名度は上がってきたが、はっきり言ってまだまだだ。紫藤大樹、赤坂成人、黒柳リュウジ。三人共苗字に色が入ってるからグループ名はCOLOR。事務所の大澤社長がつけてくれた。「じゃあ、今度は三人共カメラ目線で笑って」にっこりと作り笑顔を向ける。COLORのリーダー紫藤は、金髪で甘いマスクをしている。ふわふわしている黒柳は黒髪にゆるくパーマをかけている。俺、赤坂は赤い髪で切れ長の目。必死でこの世界で生きていこうと誓っていた。デビューできたことに感謝をして、でもそれだけに満足しないでさらに上を目指していこうと毎日努力を重ねていたのだ。休憩に入り、楽屋で弁当を食べているが、あんまり会話はしない。グループだとはいえ、知り合ってまだ間もない。お互いのことをあまりわかっていなかった。無言なのも嫌だったから、話題を探す。……が見つからん。「俺、病気の女の子からファンレターもらったんだけどさ……」ポツリとつぶやくと二人は俺を見る。「なんか、元気もらったって言われてさ。そんなこと言われたことがなかったから、嬉しくて」「へー……俺らでも希望なんか送れてんだね」黒柳がふんわりとした口調で言う。「お見舞い行こうと思うんだけど。よくあるじゃん。芸能人がお見舞いしてる話。どう思う?」「いいんじゃない? 勇気づけたいって心から思うなら」大樹が言う。「心から……か」写真を思い出し文面を思い浮かべる。もしも、久実ちゃんが笑顔になるなら、やっぱり行きたい。「まあ、本気で元気になってほしいと思うけど」「それならいいと思う」大樹が賛成し、黒柳も賛成してくれた。
数日後、大澤社長に久実ちゃんを励ましに行きたいと伝えに社長室に向かった。「そう。そういうことならいいけど。でも、ファンが増えてきたらそんなわけにもいかないからね」「わかってます」「その子だけにしなさい。あなたたちはトップアイドルになるんだから。自覚を持つのよ」俺にファンなんてこの先、できるのか? 自分で自分のことを信じなければいけないと反省する。まあ、後ろ向きなことばかり考えても仕方がない。今は前向きにレッスンに励んでいくしかない。早速、休みが取れた日に会いに行く予定を入れた。手紙に書かれていた母親の携帯番号に連絡を取って、病院の玄関で待ち合わせている。二月二七日。春が近いがまだまだ寒い日が続いていた。久実ちゃんは都内の病院に入院しているらしい。午前中のうちに会いに行こうと思って朝早くから電車に乗っていた。夜は付き合ってる彼女と会う約束がある。恋愛禁止なんて言われているが……バレなきゃいい。久実ちゃんは喜んでくれるだろうか。電車に乗りつつぼんやりと考えていた。到着したのは十一時。大きな総合病院だ。玄関で立っていると、一人の女性が声をかけてきた。「あの……赤坂さんでしょうか?」「はい。はじめまして、赤坂です」「わざわざ、ありがとうございます」「いいえ」深く頭を下げてくれた久実ちゃんの母親は、優しそうな雰囲気だ。しかし、どこか疲れているように見えた。看病して気疲れをしているのだろうか。玄関で軽く挨拶をして、早速病室に向かって歩いて行く。広いロビーだ。俺はまだそんなに有名じゃないから、平日で人がいっぱいいるが気がつかれない。それはそれで悲しい。「きっと、喜ぶと思いますよ。来週、手術なので怖がっている時だったんです」エレベーターのボタンを押した母親が言う。「赤坂さんのことが大好きで、いっつも赤坂さんが写っている雑誌を見てるんです。そして、いつも赤坂さんみたいな素敵な彼氏を作って結婚したいって言うんです。あの子の生き甲斐になって下さり、本当にありがとうございます」「いえ……とんでもない」到着したエレベーターに乗り込んだ。母親は八階を押す。エレベーターは静かに上がって目的の階にすぐについた。エレベーターを降りるとナースステーションがあり、左に曲がると、長い廊下があった。歩いて行くと二人部屋がありカーテンがされている。こ
「久実、お客様よ」「誰?」可愛らしい声が聞こえてきた。中に入ると母親が俺に合図をする。俺はうなずいて病室に入った。ベッドの背を上げて、もたれるように座っていた久実ちゃんは、俺を見ると目を見開いた。ベッド周りには俺が雑誌に掲載された切り抜きが飾ってあり、俺のイメージカラーの赤いものが多く置かれていた。二人部屋だが今は一人だけしかいないらしい。「……えぇ、嘘っ……!」人がこんなにも驚く姿をはじめて見た。現実なのか、夢なのか理解できないような表情で、口が半分開いている。「こんにちは。赤坂成人です。手紙ありがとう」「…………」顔がだんだんと赤くなって、俺を見つめる瞳には涙が浮かび上がってきた。えっ、俺……泣かせるようなこと言ったか? 軽くパニックを起こしていると、久実ちゃんは泣きながら手を差し出してきた。「握手してください」「あ……うん」両手で久実ちゃんの手を包み込むように触れると、すごく冷たい。至近距離で見る久実ちゃんは可愛らしい女の子だった。細くて折れてしまいそうな弱々しい体をしている。「わぁ、赤坂さんだ……。信じられないよ。夢みたい」「現実」「お手紙読んでくれたんだね! ありがとうございます!」「いいえ。頑張ってるんだって?」視線を合わせながら会話をする。病気なのに明るさに圧倒された。久実ちゃんの母親は、俺に椅子を出してくれた。腰をかけて久実ちゃんに袋を渡す。「まだ寒いからブランケットなんだけど、使ってくれるか?」「もちろんっ。もらってもいいの?」目がキラキラしている子だ。吸い込まれそうな瞳をしている。「ああ、久実ちゃんのために買ったんだから」「ありがとうございますっ」この子だからこそ、大変な病になったのかもしれないと思った。久実ちゃんだからこそ、乗り越えられる困難なのかもしれない。「見てもいい?」「久実、失礼でしょう」久実ちゃんの母親は叱責した。悲しそうな表情をする。「どうぞ。見てほしいな」俺のキャラクターと少し違うかもしれないが微笑んで言う。恥ずかしそうに久実ちゃんは「ありがとうございます」と言って袋を開けた。中にはチェックのブランケット。ぬいぐるみとかもいいのかなとは思ったのだが、これはこれでいいかなと考えて選んだ。「わぁーかわいい。あったかそう」ブランケットをぎゅっと抱きしめて喜
「こんなに……応援ありがとな」「本当に大好きです。元気になったらライブ行きたいの。いっぱい勉強して大きくなったら働いて、COLORのグッズを集める!」「ああ、よろしくな」「はいっ」久実ちゃんは、ツインテールが揺れるほど大きくうなずいた。「大きくなったら赤坂さんみたいなイケメンで優しい彼氏を作りたい」「あはは、そりゃいい」俺がくすっと笑うと、久実ちゃんも笑った。そして、表情が変わったからどうしたのかなと思って見つめる。「赤坂さん……あの、サイン書いてもらえますか?」「いいよ」「やったぁー!」ノートを出した久実ちゃんから受け取ってサインを書いた。実はあまりサインなんて慣れていなくて……。練習通り書けたと思う。「一生の宝物ね」母親が言って、嬉しそうにしてくれている。写真も一緒に撮ることになり、顔を寄せ合ってピースをした。そしてもう少しだけ、久実ちゃんと話をする。母親もニコニコしながら座っていた。「手術が成功したら元気になる。そうしたら、いっぱい好きなコトしたいの」明るくて凄くいい子だ。十二歳なのにちゃんと人の話を聞くし、理解力もあって頭のいい子だと思った。大樹は大学生もしているが、俺は芸能界の仕事だけをしている。本を読むのはまあ好きだが勉強は嫌いだった。俺は芸能人としてファンサービスができただろうか。久実ちゃんは喜んでくれたようだけど……。腕時計をちらっと見ると昼近くになっていた。あまり長居するのもよくないし、午後から仕事が入っているのでそろそろ帰ることにしよう。別れの言葉を告げようと思ったら、久実ちゃんは悲しそうな顔をした。俺は帰ろうとしていることに気がついたのだろう。「また……会える?」「あ、ああ」そんなふうに言われるなんて想定してなかったから、答えに困ってしまった。最初で最後なんて言える雰囲気ではない。中途半端な激励はよくない気がした。誰かのことを励ますなら最後まで見捨ててはいけない。相手が本当に元気になるまで支えていくべきだと心得た。俺は久実ちゃんが元気になるか……もしくは悪くなるか、最後まで見届けないといけない気がした。そして、俺のファンでいてくれる人のために真剣に仕事をしていこうと誓う。
立ち上がった俺は、久実ちゃんに微笑みかける。久実ちゃんは悲しそうな表情から、無理矢理笑顔を作った。俺に気を使っているようなそんな表情だ。じっと見つめられて困ってしまう。「久実、そんな顔しないの。赤坂さんだって忙しいの。無理なこと言わないのよ」ちょっとキツメに言った。「…………うん」あまりにも悲しそうな顔だったから胸が痛んだ。久実ちゃんはうつむいてしまった。「手術結果がどうなったか、またお母さんに連絡して聞くから」「手術が成功しても、会ってね」「わかった。元気になったら行きたいところ連れて行ってやる」俺はつい約束をしてしまった。久実ちゃんの笑顔が見たかったから。細い指と俺の小指が絡まった。しっかりと、指切りげんまんをした。「また会おう。俺と、久実ちゃんは友達だ。これからは、お互いを応援し合おうぜ」「ありがとう! 私もこれからも全力で応援するね」「じゃあ、またね」笑顔で手を振ってくれた久実ちゃん。俺も軽く手を上げて廊下に出た。母親が玄関まで見送ってくれる。何度も深く頭を下げた。「本当に本当にありがとうございます」「いえいえ、俺は何も……」目に涙を滲ませている。こんなに感謝されるなんて思わなかった。
久実ちゃんとの出会いのあと、俺は付き合っている女、梨紗子の家に行くために電車に乗っていた。病院の消毒の匂いがついている気がして落ち着かない。母親が亡くなった時を無性に思い出していた。席は空いていたがゆっくり座りたい気分になれなくて、手すりに背をつけて窓から流れる景色を見ていた。付き合っていると言っても時間が合うわけじゃないし頻繁には会わない。会いに行くのは何度目だろう。東京と言っても外れにあるから、どんどんと高層ビルは見えなくなっていく。深夜のテレビ収録で出会った。声をかけてきた梨紗子は、そこそこ売れているモデルだ。二つ年上で綺麗な人だけど相手のことはよくわかっていない。付き合ってから二ヶ月。デートらしいデートはしたことないし、メールもたまにしか来なかった。電車を降りて住宅街を歩く。彼女の家に着いたのは十四時。玄関に入ると甘い香水の匂いがした。あいつは、こんな匂いだったかな。「お邪魔します」「どーぞ」俺よりは名の知れている彼女は、綺麗だ。今まで付き合った女の中でもずば抜けている。収録で出会ったその晩、俺と梨紗子はセックスをした。好きとか、嫌いとか、よくわからないけど……付き合っている。今まで好きだと思った人はいない。気持ちよりも体のほうが先に成長してしまった感じだ。ワンルームの彼女の部屋。アクセサリーが整理されていたり、服がいっぱいある。ベッドに座ってまったりしていた俺は、何もすることがなかったから、彼女を押し倒した。「もう、なーにー?」「しよ」「えー。まだ来たばかりじゃん」セーターを着ていた彼女を抱きしめる。服の中に手を滑らせて肌に触れると甘い声を出して応えてくれる。俺だって男だ。綺麗な女がいれば抱きたくなる。俺の背中に手を回して答えてくれる。お互いに気持ちのいいところを探り合って、お互いのことを知っていく。「成人くん……」恋人になる定義とどこまで続く関係かわからないけれど、まあ、いいやって思った。真剣に生きている久実ちゃんには申し訳ないけれど、俺はこういう人間なのだ。
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。