―スピンオフ― 潔白・純愛『赤坂成人・川井久実編』プロローグいつからだろう、あいつをこんなに愛しはじめたのは……。ただの子どもだったのに、こんなにも好きになってしまった。久実と出会ったのは、俺らがデビューしてまだ間もない、やっとラジオの仕事が決まった時だった。少しずつ知名度を上げてきた頃でファンレターが日々、届くようになり自分は芸能人だと自覚するようになってきたそんなある日、事務所に寄った。そこで一通のファンレターが渡された。コーヒーを飲みながらなんとなく目を通した。 『赤坂さんへはじめまして。川井久実(かわいくみ)です。十二歳です。私は今、病気で入院しています。夜中、眠れない時にラジオを聞いていたらCOLORの赤坂さんが出ていました。頑張れば絶対にいいことがあると言っていた赤坂さんのお話を聞いて勇気をもらいました。どんな人なのかなと思って見たら、すごくカッコよかったです。COLORの音楽も最高です。大ファンになりました。いつも音楽を聞いています。いつか、元気になってコンサートに行きたいです。赤坂さんに会いたい!私の夢は赤坂さんと結婚することです(笑)』丸くて可愛らしい字で綴られていた。小学生の女の子からファンレターをもらったのは、はじめてだった。まだ幼い子どもなのに……頑張ってるんだな。俺らみたいな存在が少しでも勇気づけられていることを知って、胸が熱くなる。自分たちの活動がしっかり届いていたのだ。鼻がツーンなってすすった。俺の母親は病気で亡くなっている。そんな母と重ねていた。全然、親孝行ができなかったなと反省しつつ、封筒を見ると、もう一通手紙が入っていた。『赤坂様久実の母親です。久実は心臓病を患ってしまい現在治療しております。いつも泣いてばかりだった久実が、赤坂さんを知ってから笑顔を見せるようになりました。母親として笑顔を見られるようになったことが心から嬉しいです。本当にありがとうございます。お身体に気をつけて、ますますご活躍されますよう祈っております』封筒の中にはツインテールの女の子の写真が入っていた。大きめな目に長い睫毛の女の子がにっこり笑っている。しかし、顔色が悪い。体が細くて今にも折れてしまいそうだ。写真から、必死で生きていることが伝わってくる。自分が誰かの生きる励みになっているなんて、思わな
俺と久実は、こうして出会った。俺が十八歳。久実が十二歳。もちろんはじめから恋愛感情があったわけじゃない。ただのファンとして、妹のような存在として大事に思っていた。なんせ相手は子どもだったから。俺は少しでも彼女の力になりたくて会いに行くことを決意した。はじめて会いに行ったのをきっかけに、俺は久実と何度も会い、本当の友人になった。俺も久実もそれぞれが恋愛をし、生活をし、生きてきた。久実は入退院を繰り返し、病と戦っていたし、俺はスキャンダルを起こしたりして、その度に久実が励ましてくれた。三十歳になった俺は……もう、久実なしでは生きられない。俺は久実のために働いて、頑張っている。二十四歳になった久実は、今でも俺のことを一人の芸能人として見ているのだろうか。ツインテールだった久実は、今じゃさらさらのボブ。メイクもするしいい香りもする。細かった体の線も女性らしくなった。俺は久実をファンとしてではなく、妹みたいな存在としてではなく、一人の女性として愛している。久実は昨日、移植するためにアメリカへ旅立った。撮影現場に向かうため、車移動をしている俺は空を見ていた。早く――同じ空の下で空気を吸いたい。きっと、もう一度……、久実に会えるよな?
1 ―出会い―久実十二歳・赤坂十八歳赤坂side仕事をしながらふっと思い出すことがある。それは、先日届いた久実ちゃんからのファンレターのことだ。心臓の病を抱えているということは、生きられる時間も短いのだろうか?どんな治療をしているのだろう。薬を飲めば治るのかな。手術をすればよくなるのか?知識がまったくない俺はなんとなく考える。今日はCOLORとしての雑誌の取材だ。デビュー間もない俺らは、与えられた仕事を一生懸命こなしている。そのおかげで少しずつ知名度は上がってきたが、はっきり言ってまだまだだ。紫藤大樹、赤坂成人、黒柳リュウジ。三人共苗字に色が入ってるからグループ名はCOLOR。事務所の大澤社長がつけてくれた。「じゃあ、今度は三人共カメラ目線で笑って」にっこりと作り笑顔を向ける。COLORのリーダー紫藤は、金髪で甘いマスクをしている。ふわふわしている黒柳は黒髪にゆるくパーマをかけている。俺、赤坂は赤い髪で切れ長の目。必死でこの世界で生きていこうと誓っていた。デビューできたことに感謝をして、でもそれだけに満足しないでさらに上を目指していこうと毎日努力を重ねていたのだ。休憩に入り、楽屋で弁当を食べているが、あんまり会話はしない。グループだとはいえ、知り合ってまだ間もない。お互いのことをあまりわかっていなかった。無言なのも嫌だったから、話題を探す。……が見つからん。「俺、病気の女の子からファンレターもらったんだけどさ……」ポツリとつぶやくと二人は俺を見る。「なんか、元気もらったって言われてさ。そんなこと言われたことがなかったから、嬉しくて」「へー……俺らでも希望なんか送れてんだね」黒柳がふんわりとした口調で言う。「お見舞い行こうと思うんだけど。よくあるじゃん。芸能人がお見舞いしてる話。どう思う?」「いいんじゃない? 勇気づけたいって心から思うなら」大樹が言う。「心から……か」写真を思い出し文面を思い浮かべる。もしも、久実ちゃんが笑顔になるなら、やっぱり行きたい。「まあ、本気で元気になってほしいと思うけど」「それならいいと思う」大樹が賛成し、黒柳も賛成してくれた。
数日後、大澤社長に久実ちゃんを励ましに行きたいと伝えに社長室に向かった。「そう。そういうことならいいけど。でも、ファンが増えてきたらそんなわけにもいかないからね」「わかってます」「その子だけにしなさい。あなたたちはトップアイドルになるんだから。自覚を持つのよ」俺にファンなんてこの先、できるのか? 自分で自分のことを信じなければいけないと反省する。まあ、後ろ向きなことばかり考えても仕方がない。今は前向きにレッスンに励んでいくしかない。早速、休みが取れた日に会いに行く予定を入れた。手紙に書かれていた母親の携帯番号に連絡を取って、病院の玄関で待ち合わせている。二月二七日。春が近いがまだまだ寒い日が続いていた。久実ちゃんは都内の病院に入院しているらしい。午前中のうちに会いに行こうと思って朝早くから電車に乗っていた。夜は付き合ってる彼女と会う約束がある。恋愛禁止なんて言われているが……バレなきゃいい。久実ちゃんは喜んでくれるだろうか。電車に乗りつつぼんやりと考えていた。到着したのは十一時。大きな総合病院だ。玄関で立っていると、一人の女性が声をかけてきた。「あの……赤坂さんでしょうか?」「はい。はじめまして、赤坂です」「わざわざ、ありがとうございます」「いいえ」深く頭を下げてくれた久実ちゃんの母親は、優しそうな雰囲気だ。しかし、どこか疲れているように見えた。看病して気疲れをしているのだろうか。玄関で軽く挨拶をして、早速病室に向かって歩いて行く。広いロビーだ。俺はまだそんなに有名じゃないから、平日で人がいっぱいいるが気がつかれない。それはそれで悲しい。「きっと、喜ぶと思いますよ。来週、手術なので怖がっている時だったんです」エレベーターのボタンを押した母親が言う。「赤坂さんのことが大好きで、いっつも赤坂さんが写っている雑誌を見てるんです。そして、いつも赤坂さんみたいな素敵な彼氏を作って結婚したいって言うんです。あの子の生き甲斐になって下さり、本当にありがとうございます」「いえ……とんでもない」到着したエレベーターに乗り込んだ。母親は八階を押す。エレベーターは静かに上がって目的の階にすぐについた。エレベーターを降りるとナースステーションがあり、左に曲がると、長い廊下があった。歩いて行くと二人部屋がありカーテンがされている。こ
「久実、お客様よ」「誰?」可愛らしい声が聞こえてきた。中に入ると母親が俺に合図をする。俺はうなずいて病室に入った。ベッドの背を上げて、もたれるように座っていた久実ちゃんは、俺を見ると目を見開いた。ベッド周りには俺が雑誌に掲載された切り抜きが飾ってあり、俺のイメージカラーの赤いものが多く置かれていた。二人部屋だが今は一人だけしかいないらしい。「……えぇ、嘘っ……!」人がこんなにも驚く姿をはじめて見た。現実なのか、夢なのか理解できないような表情で、口が半分開いている。「こんにちは。赤坂成人です。手紙ありがとう」「…………」顔がだんだんと赤くなって、俺を見つめる瞳には涙が浮かび上がってきた。えっ、俺……泣かせるようなこと言ったか? 軽くパニックを起こしていると、久実ちゃんは泣きながら手を差し出してきた。「握手してください」「あ……うん」両手で久実ちゃんの手を包み込むように触れると、すごく冷たい。至近距離で見る久実ちゃんは可愛らしい女の子だった。細くて折れてしまいそうな弱々しい体をしている。「わぁ、赤坂さんだ……。信じられないよ。夢みたい」「現実」「お手紙読んでくれたんだね! ありがとうございます!」「いいえ。頑張ってるんだって?」視線を合わせながら会話をする。病気なのに明るさに圧倒された。久実ちゃんの母親は、俺に椅子を出してくれた。腰をかけて久実ちゃんに袋を渡す。「まだ寒いからブランケットなんだけど、使ってくれるか?」「もちろんっ。もらってもいいの?」目がキラキラしている子だ。吸い込まれそうな瞳をしている。「ああ、久実ちゃんのために買ったんだから」「ありがとうございますっ」この子だからこそ、大変な病になったのかもしれないと思った。久実ちゃんだからこそ、乗り越えられる困難なのかもしれない。「見てもいい?」「久実、失礼でしょう」久実ちゃんの母親は叱責した。悲しそうな表情をする。「どうぞ。見てほしいな」俺のキャラクターと少し違うかもしれないが微笑んで言う。恥ずかしそうに久実ちゃんは「ありがとうございます」と言って袋を開けた。中にはチェックのブランケット。ぬいぐるみとかもいいのかなとは思ったのだが、これはこれでいいかなと考えて選んだ。「わぁーかわいい。あったかそう」ブランケットをぎゅっと抱きしめて喜
「こんなに……応援ありがとな」「本当に大好きです。元気になったらライブ行きたいの。いっぱい勉強して大きくなったら働いて、COLORのグッズを集める!」「ああ、よろしくな」「はいっ」久実ちゃんは、ツインテールが揺れるほど大きくうなずいた。「大きくなったら赤坂さんみたいなイケメンで優しい彼氏を作りたい」「あはは、そりゃいい」俺がくすっと笑うと、久実ちゃんも笑った。そして、表情が変わったからどうしたのかなと思って見つめる。「赤坂さん……あの、サイン書いてもらえますか?」「いいよ」「やったぁー!」ノートを出した久実ちゃんから受け取ってサインを書いた。実はあまりサインなんて慣れていなくて……。練習通り書けたと思う。「一生の宝物ね」母親が言って、嬉しそうにしてくれている。写真も一緒に撮ることになり、顔を寄せ合ってピースをした。そしてもう少しだけ、久実ちゃんと話をする。母親もニコニコしながら座っていた。「手術が成功したら元気になる。そうしたら、いっぱい好きなコトしたいの」明るくて凄くいい子だ。十二歳なのにちゃんと人の話を聞くし、理解力もあって頭のいい子だと思った。大樹は大学生もしているが、俺は芸能界の仕事だけをしている。本を読むのはまあ好きだが勉強は嫌いだった。俺は芸能人としてファンサービスができただろうか。久実ちゃんは喜んでくれたようだけど……。腕時計をちらっと見ると昼近くになっていた。あまり長居するのもよくないし、午後から仕事が入っているのでそろそろ帰ることにしよう。別れの言葉を告げようと思ったら、久実ちゃんは悲しそうな顔をした。俺は帰ろうとしていることに気がついたのだろう。「また……会える?」「あ、ああ」そんなふうに言われるなんて想定してなかったから、答えに困ってしまった。最初で最後なんて言える雰囲気ではない。中途半端な激励はよくない気がした。誰かのことを励ますなら最後まで見捨ててはいけない。相手が本当に元気になるまで支えていくべきだと心得た。俺は久実ちゃんが元気になるか……もしくは悪くなるか、最後まで見届けないといけない気がした。そして、俺のファンでいてくれる人のために真剣に仕事をしていこうと誓う。
立ち上がった俺は、久実ちゃんに微笑みかける。久実ちゃんは悲しそうな表情から、無理矢理笑顔を作った。俺に気を使っているようなそんな表情だ。じっと見つめられて困ってしまう。「久実、そんな顔しないの。赤坂さんだって忙しいの。無理なこと言わないのよ」ちょっとキツメに言った。「…………うん」あまりにも悲しそうな顔だったから胸が痛んだ。久実ちゃんはうつむいてしまった。「手術結果がどうなったか、またお母さんに連絡して聞くから」「手術が成功しても、会ってね」「わかった。元気になったら行きたいところ連れて行ってやる」俺はつい約束をしてしまった。久実ちゃんの笑顔が見たかったから。細い指と俺の小指が絡まった。しっかりと、指切りげんまんをした。「また会おう。俺と、久実ちゃんは友達だ。これからは、お互いを応援し合おうぜ」「ありがとう! 私もこれからも全力で応援するね」「じゃあ、またね」笑顔で手を振ってくれた久実ちゃん。俺も軽く手を上げて廊下に出た。母親が玄関まで見送ってくれる。何度も深く頭を下げた。「本当に本当にありがとうございます」「いえいえ、俺は何も……」目に涙を滲ませている。こんなに感謝されるなんて思わなかった。
久実ちゃんとの出会いのあと、俺は付き合っている女、梨紗子の家に行くために電車に乗っていた。病院の消毒の匂いがついている気がして落ち着かない。母親が亡くなった時を無性に思い出していた。席は空いていたがゆっくり座りたい気分になれなくて、手すりに背をつけて窓から流れる景色を見ていた。付き合っていると言っても時間が合うわけじゃないし頻繁には会わない。会いに行くのは何度目だろう。東京と言っても外れにあるから、どんどんと高層ビルは見えなくなっていく。深夜のテレビ収録で出会った。声をかけてきた梨紗子は、そこそこ売れているモデルだ。二つ年上で綺麗な人だけど相手のことはよくわかっていない。付き合ってから二ヶ月。デートらしいデートはしたことないし、メールもたまにしか来なかった。電車を降りて住宅街を歩く。彼女の家に着いたのは十四時。玄関に入ると甘い香水の匂いがした。あいつは、こんな匂いだったかな。「お邪魔します」「どーぞ」俺よりは名の知れている彼女は、綺麗だ。今まで付き合った女の中でもずば抜けている。収録で出会ったその晩、俺と梨紗子はセックスをした。好きとか、嫌いとか、よくわからないけど……付き合っている。今まで好きだと思った人はいない。気持ちよりも体のほうが先に成長してしまった感じだ。ワンルームの彼女の部屋。アクセサリーが整理されていたり、服がいっぱいある。ベッドに座ってまったりしていた俺は、何もすることがなかったから、彼女を押し倒した。「もう、なーにー?」「しよ」「えー。まだ来たばかりじゃん」セーターを着ていた彼女を抱きしめる。服の中に手を滑らせて肌に触れると甘い声を出して応えてくれる。俺だって男だ。綺麗な女がいれば抱きたくなる。俺の背中に手を回して答えてくれる。お互いに気持ちのいいところを探り合って、お互いのことを知っていく。「成人くん……」恋人になる定義とどこまで続く関係かわからないけれど、まあ、いいやって思った。真剣に生きている久実ちゃんには申し訳ないけれど、俺はこういう人間なのだ。
「俺たちはさ、自分のやりたい道を見つけて、それぞれ進んでいけるかもしれないけど、今まで応援してくれた人たちはどんな気持ちになると思う?」どうしてもそこだけは避けてはいけない道のような気がして、俺は素直に自分の言葉を口にした。光の差してきた事務所にまた重い空気が流れていく。でも大事なことなので言わなければならない。苦しいけれど、ここは乗り越えて行かなければいけない壁なのだ。.「悲しむに決まってるよ。いつも俺たちの衣装を真似して作ってきてくれるファンとか、丁寧にレポートを書いて送ってくれる人とか。そういう人たちに支えられてきたんだよね」黒柳が切なそうな声で言った。でもその声の中には感謝の気持ちも感じられる。デビューしてから今日までの楽しかったことや嬉しかったこと辛かったことや苦しかったことを思い出す。毎日必死で生きてきたのであっという間に時が流れたような気がした。「感謝の気持を込めて……盛大に解散ライブをやるしかないんじゃないか?」赤坂が告げると、そこにいる全員が同じ気持ちになったようだった。部屋の空気が引き締まったように思える。「本当は全国各地回って挨拶をさせてあげたいんだけど、今あなたたちはなるべく早く解散を望んでいるわよね。それなら大きな会場でやるしかない。会場に来れない人たちのためには配信もしてあげるべきね」「そうだね」社長が言うと黒柳は返事してぼんやりと宙に視線を送る。いろんなことを想像している時、彼はこういう表情を浮かべるのだ。「今までの集大成を見せようぜ」「おう」赤坂が言い俺が返事をした。黒柳もうなずいている。「じゃあ……十二月三十一日を持って解散する方向で進んでいきましょう。まずはファンクラブに向けて今月中にメッセージをして、会場を抑えてライブの予告もする。その後にメディアにお知らせをする。おそらくオファーがたくさん来ると思うからなるべくスケジュールを合わせて、今までの感謝の気持ちで出演してきましょう」社長がテキパキと口にするが、きっと彼女の心の中にもいろんな感情が渦巻いているに違いない。育ての親としてたちを見送るような気持ちだろう。それから俺たちは解散ライブに向けてどんなことをするべきか、前向きに話し合いが行われた。
「じゃあ、まず成人」 赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。 「……俺は、作詞作曲……やりたい」 「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」 社長は優しい顔をして聞いていた。 「リュウジは?」 社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。 「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」 「いいじゃないかしら」 最後に全員の視線がこちらを向いた。 「大は?」 みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。 「俳優……かな」 「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」 「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。 「映画監督兼俳優の仕事。しかも、新人の俳優を起用するようで、面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」 社長が質問に答えると、赤坂は感心したように頷く。 「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」 「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」 これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。 ずっと過去から彼女は俺らのことを思ってくれている。 芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。 今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。 でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとするがお腹が大きくなってきているので、動きがゆっくりだ。よいしょ、よいしょと歩いていると、ドアが開く。大くんがドアの前で待機していた私は見てすごくうれしそうにピカピカの笑顔を向けてきた。 そして近づいてきて私のことを抱きしめた。「美羽、ただいま。先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「夕食、食べる?」「あまり食欲ないんだ。作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「あ、あのね……これ」冷蔵庫からケーキを出す。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくてついつい作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。すると中から出てきたのは……「イチゴだ!」「うん!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べる。私と彼はこれから生まれてくる赤ちゃんの話でかなり盛り上がった。その後、ソファーに並んで座り、大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「大きくなってきた」「うん!」「元気に生まれてくるんだぞ」優しい声でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくると
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。 私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたのが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった。 しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。 アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。 覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。 そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。 あまり落ち込まないようにしよう。 大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。 食事は、軽めのものを用意しておいた。 入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。 いつも帰りが遅いので平気。 私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。 これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。 今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。 でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。